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気づきの記録

日常の中の小さな気づき。忘却の中に浮かぶかすかな記憶…。

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出会いの不思議


「NARDを選んだ訳」の続きのような事なんですが、

どうしてこのスクールを選んだか…、そこんとこをもすこし詳しく

書きたいと思います。



家からバスで20分弱の駅前にある、ある百貨店。

ここにいつも行くアロマテラピーのショップがあります。

何度か通って、ここでスクールを開講しているのも知りました。

そのころ私は完全な無職で、家にこもり家事手伝いの名の下に

なんにもしていない状態でした。



スクールに行くことを決めた日、実はその日は普通の買い物の

ついでにショップへ寄っただけでした。

私と叔母と姪。その時は3人で行きました。

私はその百貨店に行くときは必ずと言っていいほど

そのショップへ寄るのでいつものごとく寄ったのでした。



ショップへ行くと、見たことがない50代ぐらいの男の人と

40代ぐらいの女の人がショップの店員さんと和気藹々と話しています。

このショップの関係者なのは何となく分かりました。

いつものように何を買うでもなく、精油のサンプルを嗅いだりして

小さな店内をふらふらしていました。

叔母と姪がお店に貼ってあるスクールの告知を見つけて、私に

「やってみればいい」と勧めてきました。

私は前にショップに来たときに資料をもらったことがありました。

興味のないことではなかったのですが、踏ん切りが付かなかったのです。

お金の問題もありましたが、その時の私は全てにおいてやる気が無く、

無気力で外の世界に出ることがただ純粋に嫌だったのです。

叔母と姪は私が前々からアロマテラピーに興味のあることを

知っていました。そして、無気力な私に何かさせたいと思ってくれて

いたんです。

その時の私は荒れていたわけではないですが、とにかくやる気が無くて、

外との関わりを自然とシャットアウトしていた感じです。






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つづきはこちら

人間じゃなくても




この文章ははっきり言って暗いです。

というか、後味があまりよろしくない。

そういうの嫌い、という人は読み進めないでね。












私は自分というものがない気がする。

自分の意見がないのです。

絶えず、相手を出方をうかがってから動くのです。

自分からは動かない。



自分の感情が煩わしいときもあります。

マイナスの感情が心を占めているとき、自分が自分でなくなる気がします。



自分が嫌いなのです。

でも、こうやって自分のことを書こうとするのは、

誰かに「おまえにも少しはいいところあるんじゃないか」って言って欲しい

そういう薄汚い下心があるからでしょう。



******************************



遠い昔の学生時代、ファンタジー小説「ロードス島戦記」が大好きでした。

その中でもオルソンというキャラが好きでした。

彼は怒りの精霊フューリーに精神を支配され、その怒りの精霊が強力すぎて

怒り以外の他の感情を封じてしまっているのです。

だから彼には怒りという感情しか表現できない。

いつも感情に支配されず、冷静な判断が下せる。

しかし、ひとたび怒りの感情が溢れると、彼が死ぬまで怒りの感情と

疲れを知らない肉体と共に戦い続けるのです。

バーサーカーと呼ばれます。



私はこのオルソンという男に憧れていました。

一つの感情しか持てない人間。

感情というのは人間らしさを表す重要なファクターだと思うのです。

オルソンは人間としてのらしさが限りなく少ない。

けれど、彼は人間で最後には愛する人のためにフューリーを

自分自身で操り、死んでいったのです。

彼は最後には自分の意志を持っていた。

ひどく人間くさい人間になってしまったのだ。

そんな彼も愛すべき存在ではあるが、憧れはできない。



感情のない、というところに憧れを感じるのです。





感情が支配する私はひどくダメな人間であるとつくづく感じる今日があります。

人間に生まれないで、機械に生まれたかった。

感情のないものに生まれたかった。

自分のダメさ加減が毎日毎日重荷になってくるのです。